「ありのままの素敵」とルッキズム、似て非なるようで重なる部分が多い

ルッキズム、それは外見の良さを基準とする考え方ですが、SNSの発達につれて加速傾向にあると感じています。

これは海外での話ですが、Instagramで流れてくる細くて「美しい」画像を見ては、自分の姿が醜いと思い、摂食障害や精神疾患を起こし、自ら命を絶ったという事例があるとニュースで聞きました。

その結果、オーストラリアでは対象SNSの使用可能年齢が決められたり、EU諸国でもSNSの使用年齢制限を設ける議論が進められています。

しかし日本でも美への意識は変わり「グレイヘア」なんて言葉が一般的になってきています。

グレイヘアの先駆者といえば、近藤サトさんが有名です。

ほか、昔は「美人女優」とされた俳優さんが、歳を重ねて、髪の色を無理に染めず自然体だったり、体も無理に絞らなかったりと、ありのままの素敵な姿が好意的に受け入れられていますが…

なんかおかしいと思うことが。

「ありのままの素敵さ」「ありのままの美しさ」というフレーズです。

ただありのままでいいのではなく、あくまでありのままの”素敵さ”が受け入れられている。

姿がどう変わろうか、素敵であることが評価されているのではないかと思うのです。

これ、対ルッキズムじゃなくて、ルッキズムそのものじゃないか、と。

かくいう私も、出かける時はすっぴん家着で出かけたいわけではなく、最低限の身なりはしたいです。

それは人と会うためのマナーだと思っているのですが、度を超えるとルッキズムの領域に入ってしまいそうです。

ではどうしたら「ありのまま」は世間から受け入れられるのか?

どうしたら若い医者が外科から美容外科へ流れてしまうのを防げるのか?

日本の「美」は、若く見えることが美の基準にされますが、私はいま43歳ですけどそろそろキツくなってきています。

つやぷるの肌が自慢だったのに、最近はファンデを塗っても表面がガサついて荒れているのがわかる…

体型も双極症で減ったり増えたりするけど、これ以上は太りたくないので、先生が提案した薬も「太るから嫌です!」って言い切ってしまう…

美容外科のTVCMも何回も見るから記憶に残る…

こうして、無意識に「美しい」に引っ張られていますよね。

ルッキズムを作っているのは社会を生きる自分もそう。

自分自身が、人を「美しい」「素敵」だけの物差しで決めないことが少し生きるのが楽になるかもしれません。

制作している作品はこちらからご覧いただけます。

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