SNSは共感で成り立っている| 理論より感情の世界

こんにちは。

先日までメンタルヘルスのちょっとしたコミュニティに参加していたんですが、色々気づいたことがあるので書いていこうと思います。

そのコミュニティは、大手SNSではなくて、小さなSNSというか…。

タイムラインがあって、利用者が頻繁に投稿します。

昔のTwitterに似た感じのするものだったかな。

内容は、報告だったり、相談だったり、つぶやきだったり、人それぞれです。

タイムラインを見た感想はというと、ざっくり言って、何を伝えたいんだろう?という投稿が多いと感じました。

でもそのためにあるんだと思います。

私の思考パターンが違うだけ。

何を伝えるか、よりも、とにかく抱えてる気持ちを吐き出したいという感じ。

それが今のその人のメンタルの状態なのであって、もちろんみんな”記事”を書くわけではありません。

綺麗に書かずとも、文体を見たら辛さも伝わってくるんです。

それでいいんです。

でも私の場合は双極、つまり躁うつなので、鬱の時と通常〜軽躁になると思考が変わっちゃうんですよね…。

しかも、どちらかというと、文章を組み立てることが好きなタイプで、コミュニティでは変に浮く。

「考察しました!(ためになるよ!)」

なんて書いても読まれません。

気持ちが通じたよりも、話が通じた時に嬉しくなるタイプなんです。

そのためうまく活用できなかった、たぶん。

今しんどいって人には全く響かないわけです。

困ってる、辛い…そんな気持ちを吐き出してる人の方がコミュニティでは共感されますし、困ってる人にコメントで思考を整理してあげたとしても、後からどんどん来るコメントの方に感情がこもってたら、そっちの方が共感されやすいんです。

「あれ!せっかく考えてコメントしたのに!」

って。

ガックリ。

相手の困りごとを整理するよりも、綺麗な文じゃなくていいから気持ちがこもってる方が心に響くんだなと思いました。

(思考がとっ散らかってる時に話をまとめてもらうほうが、私は嬉しいですけどね)

さて。どこへ行っても、いいねの数で承認が可視化されるのがデジタルの世界です。

3人集まれば人間社会ができますから、そこにいいねボタンがあると、皮肉なことにデジタル承認、デジタル承認欲求が発生します。

これが酷なことに、うつの時もついてまわります。

私の場合は数か月単位と、めまぐるしく気分が上がったり下がったりするので、そもそもメンタルヘルスコミュニティには向いてないのかもしれません。

変な言い方、変わらず気分が沈んでいるとか、元々不安を抱えているという人には、大切な居場所になるのかもしれませんけどね。

そもそも私はSNS、ネットコミュニティは向いてないのかもしれませんが…。

なので、短文で相手と共感し合うのが向いてない場合は、長文で誰かの役にたつような記事を不特定多数に向けて書けばいいのではないかと思いました。

ちょうどここ、Wordpressを使っていたのはよかったです。

私みたいにSNSで自信なくすことの多い人間は、こうして記事を書く方が向いていたりするのかもしれませんね。

それでは最後まで読んでくださってありがとうございました!

*

考察好きなアーティストの作品はこちらからご覧いただけます


投稿日

カテゴリー:

投稿者: